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それいけ、らくーん!

このコーナーでは、合気道ねっと事務局「編集長」らくーんが道場で起こる興味津々、食欲倍増な出来事を時にはコミカル、時にはシリアスに、皆様にご紹介します。


「考えるべきか考えざるべきか、そこが問題だ。"To be, or not to be: that is the question."」の巻 (2009年4月掲載)
 
つい先日のお稽古のときのこと。
同じ道場に通う、ともに2段の2人の方の、対照的な意見がとても印象的だったので、ちょっと書き記してみようと思うにいたった。
「お稽古は、うまい人とだけ当たっていればどんどんうまくなるんだと思っていた。でも、相手の人がうまければうまいほど、アドバイスを してもらうばかりで、自分で考えることをしなくなるから、それ以上は伸びないんじゃないかと思った」
「初心者クラスと一般クラスから選ぶんだとしたらやっぱり一般クラス。自分は有段者なんだし、どっちのクラスに出ようか迷う必要はないんじゃないのかな」
 
それと前後して、3段の方のこんな意見を聞く機会があった。
「もしも、『初心者クラスは自分にはもう必要ない』と思うことがあるのだとしたら、それは、初心者クラスに出ている人全員に対して、常に納得いくお稽古ができたとき。 そして、100%の技を、単なる力ではなく、誰に対しても文句のつけようがないぐらいスポンと出せるようになったとき。でも、いまだにそんなことはないんだよね」
 
そして、
「有段者同士でお稽古をすると、打つときはしっかり打って、しかもつながりを保ってくれるから、自分の鍛錬になっていい」
「初心者の方とお稽古をすると、変に作った受けをしないので、『そうか、普通の人はこういう反応をするんだ』って気がつくから勉強になります」
こんなふうに話してくれる方もいた。
 
以前、師範の先生が、1万人とお稽古をしたら、何かしらの活路が開けるというようなことをおっしゃっていた。 1万人。これは生半可な数ではない。しかも累計ではなくて、純粋に1万人だとしたら、途方もない数字だ。 試しに、今まで当たっていただいた方々のおおよその実数を出してみた。講習会や研修会なども含めると ようやく千数百人というところだろうか。
 
同じ道場の中で、同じ人とだけお稽古していても、1万人という数と経験は一生クリアできないのではないかと思う。 そして、いつも違う方に当たっていただくことで、「とらわれる」ということがなくなるのだとしたら、 これは試し続けないと本当にもったいないと思った。そしてまた、次のお稽古が楽しみになってきた。

 

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「菌を憎んで、畳を憎まず」の巻 (2009年1月掲載)
 
先日、お稽古の後で足を洗っていたとき、隣で足を洗っていた女性と、
「ここの道場は流しがあるからいい!」という話題で盛り上がった。
 
いつもお稽古をさせていただいている道場では、更衣室に付随して、比較的
大きな流し場がある。そこではみんな、お稽古後には当たり前のように
足を洗ったり腕を流したりしているけれども、
他の場所では、以外とこの流し場がない。
シャワー室はあるけれども、ありそうでないのが「流し場」らしい。
 
そんなわけで、以前、別のお稽古場にお邪魔をしたときに、流しがなくて
しばらく考え込み、苦肉の策でシャワー室に入ると、シャワーヘッドを左に向け、
自分は右に立ち、水がかからないように足を上げて洗ったつらい思い出も。
じゃあいっそのことシャワーを使えばいいじゃないかと言われそうだけれども、
時間がなくて、なかなかひとっ風呂浴びる余裕がないことも多いのだ。
 
でも、シャワー室があるのはまだいい方で、過日、
某講習会開催道場は、流しはもちろんのこと、シャワー室もない場所だったために
本当に泣きそうになった。
お稽古が終わると同時にものすごい勢いで帰ると、なによりも先に足を流した。
靴下も速攻でお洗濯に放り込んだ。
 
私の場合は、春から夏場は汗を落とすために、秋から冬場はほこりを落とすために
足を洗うのだけれども、最初に書いたその女性は、
「私は水虫が気になるので」と言っていた。
 
・・・悲しいかな、裸足でお稽古をするので、
中にはきっと水虫の方が通り過ぎた畳を思いっきり踏みつけていることもあるかも
しれない。「少しでも早く洗い落とすと、自分はあまりならないらしいよ」との
その女性の力説に、なんだか非常に現実的なものを見せられた気がして、
思わず私も、いつもより念入りに洗ってしまった。
 

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「まだ、青二才(坊や)だからさ」の巻 (2008年10月掲載)
 
以前、東京都知事の石原さんが、会見中に起きた地震の震度を、その場で、「今の震度は
3か4か」のように発言したことがあったけれども、日本は本当に地震が多い国で、
みんな、それなりに震度の予想には慣れているのではないかと思う。
 
つい数日前のこと。
残暑厳しい道場で、真昼にびっしりお稽古をしていたとき、不意に道場の窓がびりびりびりと
音を立てた。かなり大きい音だ。
師範の先生が、ちょうど、お手本を見せてくださっている最中のことだった。
「地震?」
「地震だ」
「揺れた」
「お、結構大きい」
そこここから、さわさわ、と、小さく声があがった。夏場で窓は開いていたけれど、
窓が閉まっているときだったら、きっと、誰かが開けに走ったことだろうと思う。
海外から来られていた方の数名は、揺れた瞬間、即座に足を崩したり、「アースクエイク!」
という感じを全身で表現したりした。
 
ひとしきりさわさわとしている中、師範の先生だけは、動じることなく、説明を止めることも
なく、あたかも地震などなかったかのように説明を終えると、
「はい、ではやってください」
何事もなかったかのように、お稽古は続いた。師範の先生ほどの方になると、こういうとき
でも動じないものなんだと思った瞬間だった。
 
お稽古後、親しくさせていただいている女性の方と地震の話をした。彼女は、隣に座って
いた年配の男性に、「地震ですね」と声をかけたらしいけれど、淡々と、「そうですね」と
だけ切り返されたと言っていた。長くお稽古を続けた方というのは、天災にも動じなく
なるのだろうか。だとすると、「あっ、地震だ」と口にしたり、キョロキョロするという
のは、まだまだ青二才の証拠なんだろうか。
 
そういえば、前述の彼女、以前大きな地震があったときに、彼女自身はとっさに窓を
開けて、すぐに子どもを抱きかかえたそうだけれども、国際結婚をしただんな様の方は、
揺れた瞬間、真っ先に外に飛び出したらしい。
「え、地震の最中に外に出るなんて、そんな危険な」
と、とっさに思った私とはウラハラに、彼女としては、「私よりも家族よりも、自分だけ
逃げようとした」と少々ご立腹気味だった。
・・・確かに。
言われてみれば、確かにそういう見方もあるのだった。
 
地震一つで、いろんな人生模様を見たような気がする、そんな真夏の出来事だった。

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「月日は百代の過客にして、行かふ年も又友人ナリ?」の巻 (2008年6月掲載)
 
4月も半ばを過ぎ、徐々に春らしい気候が続くようになってきた。
道場で準備運動をしていても、ぽかぽか暖かく、それなりに汗が出る。
 
夏に、汗だらだらでするお稽古はかなりハードで、自分との戦いのような
ところもあるけれども、このぐらいのぽかぽか陽気の中でのお稽古は、
適度な汗、適度な気温ともあいまって、また心地いい。
 
そんなあるお稽古の帰り道、とある方に誘われて、都内の某釣り堀に寄った。
都会の風景の中に、そこだけ切り取ったようにのんびりした空気が
流れている釣り堀に、たらーっと糸を落として、自然と一体化している
その方の脇で、当の私は、あまりに快適な日光の暖かさに
つい、ふーっと眠くなった。春眠暁を覚えずだなあと、思わず実感して
しまうこの気持ちよさ。桜の木も、ふっくらと赤みを帯びてきている。
 
今年も年度が替わり、また、新しい1年(年度)が始まった。
今年は一体どんな出会いが待っているんだろう。
去年、しばらくぶりにハグをしたフランス在住のジャーナリスト嬢は、
今年も来るだろうか。
春になるとやってくるフランスの一団は今年もやってくるだろうか。
 
春休みを利用して毎年やってくる大学生さんたちとは、
先日、懐かしい再会をさせていただいた。ほぼ1年ぶりに会ったのに、
きちんと覚えていてくださる学生さんばかりで、いつもさわやかだ。
中には、「4年生になったら引退をするので、学生としては
もう来れない」という方もいた。けれども、道場には来れるといって
いたから、来年再会するときには、彼も社会人・・・。
少し大人になった彼らと、今度は、社会の荒波にもまれるもの同士で
また、楽しくお稽古ができたらいいなと思う。旅立ちの春は、
まだ見ぬ予感を秘めた、期待にあふれる季節でもあるような気がする
そんな今日このごろ。

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「我が稽古(もの)と思えば軽し笠の雪」の巻 (2008年3月掲載)
 
今年の冬は、日本海側を中心に大寒波だったみたいだけれども、
12月までは暖冬の気配すら感じられた関東地方でも、年が明けて後に何度と
なく雪が降り、久しぶりに冬らしい冬になったような気がした。
 
いつも通いなれているとあるお稽古の時間帯にも、その雪の影響は
少なからず生じていた。普段なら、師範の先生のお稽古を求めて、あふれん
ばかりのお稽古生でいっぱいになるその時間が、周囲を気にせずお稽古が
できるほどに空いていたのだ。
特に姿が見えなかったのは、ご年配の方々だった。
それに一番最初に気がつかれたのは師範の先生で、道場に入って来られると
同時に、「今日はご年配の方が1人もいませんね」。
ちょっとなぞめいた、ちょっと含みのあるようなその口調には、
いろいろな意味が見て取れるような気がした。
 
・・・何はともあれ、いつもよりも広々使える空間。
だが、習慣とはすごいもので、どんなに空いていても、いつもの混雑した
毎日と同じように周囲を気にし、衝突がないようにお稽古をする。
 
そして、真冬だというのに、お稽古中には、うっすらと汗をかいた。
年々、冬でも汗をかくようになってきた。
昔は、そんなにまじめにやっていなかったことになるのだろうか。
それとも、体質が変わってきたのだろうか。
 
快適だった道場も、次の週にはお天気とともにいつもどおりの大人数が回復。
すさまじいひといきれの中でのお稽古は、たった1週間で戻ってきた。
 
「先週は人が少なかったね」
そんな会話をした翌週の更衣室。
広い広い道場は、もしかしたら、1日だけのちょっとした冬のいたずら
だったんだろうか。
そんなことを思ってみた、冬の日のとある出来事。

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「RACOON's DOGI CAMP」の巻 (2007年12月掲載)
 
梅雨が明けるまでは、「冷夏」とまで言い切ったテレビ局もあったほどの
お天気の悪さだったけれども、8月に入ってからは本当に暑かった。
体温を超えた気温の中で、汗をぼたぼた落としながらのお稽古は、
なんとも爽快・・・というべきなんだろうか。
 
汗と言えば、過日、とあるお稽古後の更衣室でのこと。
「お稽古前よりも2.5キロ減っている!」体重計の上から明るい声を
発した先輩がいた。

おおおーと、ひとしきり皆で盛り上がった後、
「どれぐらい減る?」と、急に話を振られた私は、ちょっと口ごもりながら
「うーん、1.5キロぐらいかな」とお茶を濁した。
 
実は、お稽古前と後に体重を測るということはしたことがなく、明確に
どれだけ減ったという数字がわからなかったのだ。
そうか、みんなまめに測っているんだ。
あの混雑した更衣室の中で、いつの間に。なんと抜け目ない(?)。
 
ということで、
その翌週、女性陣の出席率がひどく低かった日、胴着に着替えるなり
こっそりと体重計に乗ってみて、「まあ、こんなもんか」と、とりあえず
納得して道場に入った。そして、べたべたと汗だくになったお稽古後、
やはり一番乗りで更衣室に戻ると、汗で重くなった胴着のまま、
またこっそりと乗ってみた。
 
すると、なんと。
お稽古前より2キロ減っている。
ということは……。
 
意気揚々と胴着を脱ぎ捨てて、もう一度乗ってみると、そこからさらに
1.5キロ減っていた。ということは!!なんと3.5キロ減!
いや、もしかしたら、それ以上減っていたのかもしれない。
 
といっても、後から、浴びるほどに水分を補うので、プラスマイナスで
1~2キロというところなのだろうけれども、なるほど、それだけ落ちる
ことがわかっていたら、お稽古後のビールを安心して飲むために通って
来る人だって増えるわけだ、と思った。
 
いえいえ、私はビールなど。
運動することで体脂肪を燃やしてくれるという某商品を、うやうやしく
摂取してからお稽古に臨んでいるので、そんなもったいないことは、
やっぱりできません(汗)。

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「大いなる畳地の恵み」の巻 (2007年9月掲載)
 
汗についてちょっと書いてみようと思う。
 
私は、冬になるとまったくと言っていいほど汗をかかなくなるので、
海に落ちたのかというぐらいびちょびちょになる人からしたら、
この時期かいている汗の量も、それほどでもないのだろうかと思う。
 
以前は、ひどく汗っかきな人というのは、男性に多いのだろうかと
何となく思っていたけれど、道場に通うようになってから、女性でも
ぼたぼたと汗をかく人を発見。男女を問いていないこともわかった(?)。
 
その、性別を問いていない人たちの中には、特に印象的な何人かがいて、
お一人は、機動隊員かと思うような立派な体格の方だ。
動きも素晴らしくきびきびとしていて、しかも重戦車のような技をかけてくる。
胴着はお稽古開始5分で既にぐっしょり、汗をまき散らしながら
いつも高らかに笑い、お稽古の後は必ずお風呂と決まっている。
 
もうお一人は、毛根のすべてから汗がふき出していると表現をしても
いいぐらいに蒸気を放っている。以前、お稽古後に髪のゴムをほどいた
その方の足元で、「びしゃっ」という音がして周囲が水浸しになったときには、
のけぞるほど驚かされた。
ゴムで結わえられた髪が、まさに水風船のように汗を蓄え、
そして落ちた・・・のだろうか。
 
さらにもうお一人は、今度はまったく汗をかいていない。
いや、しっかりかいているのだけれども、あまりにもクールで、
しかも坊主頭なので、まるでかいているように見えないのだ。
また、どんなにきついお稽古でも、息一つ乱れない。
坊主頭というのは、男女共通で汗を隠すものなのだろうか?
 
そして、つい先日、関東地方のこのあまりの酷暑に、
とうとう、日に2人もダウン者が出たらしい。いくら汗をかいても、
しっかりと意識が自分の手中にある限りはまだ大丈夫なのだろう・・・か・・・。
 
ということで、洗い流すととてもすがすがしくなる汗の一番の問題は、お稽古中だ。
数々の人の幾多もの汗をびっしり吸った畳に伏せて、一教の受けを取るのは
本当につらい。
思わず、うっぷ、と口を突いた先で、隣で受けを取っている人と目が合った。
 
そこで私は見た。
その人の口も、確かに「オーノー」と動いたのを。

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「有朋自遠方来、不亦楽乎 (朋あり、遠方より来たる、また楽しからずや)」の巻 (2007年7月掲載)
 
春先に、スペインに帰国されてしまった方のことは書いたけれど、
同じ道場に何年も通い続けていると、帰国された方が日本にバカンスや
仕事で来られたりたときに、久しぶりに再会するということが時折ある。
 
この5月にも、懐かしい顔が2週間、日本に来られていた。
その方は、実はこのコラムの初回に登場していた、「欧州出身の塔の
ように高い」女性で、お互いがお互いの顔を見るなり、
「久しぶり~、元気だった~?」と、
いきなりハグが始まった。目がくりっとしていて、
体格も見事なぐらいにナイスボディ!
その胸に飛び込むこの微妙な恥ずかしさ(^^ゞ
 
何はともあれ、2週間しかいないというので、来るという日には
必ずお稽古に参加して、そのたびにハグしたり手を取り合ったりして、
短い時間を惜しみ合い、楽しみ合った。
今はフランスでマスコミ関係の仕事をしているという彼女。
ちょうど、フランスの大統領選挙の真っ只中に休養を取ってまで
日本に来たのだから、相当お稽古を堪能したんだろうなあと思う。
帰国前日にもお稽古に参加していたので、「次はいつ来れるの」と聞くと、
「うん、来年また来るよ」。
あっという間の2週間は本当に瞬く間に過ぎ、再会は、
また1年後までおあずけ、ということになってしまった。
 
でも、この世界は広いようで狭いので、お稽古を続けている限り、
きっとどこかで出会うことがあるんだろうなと思う。
合気道を始めたからこそ出会えたそんな異国の人たちとのつながり。
大事にしたいなと思う。・・・
けど、本当に大統領選挙中にバカンスしていてよかったんだろうか?
そして、以前、さんざん「もう働いている」社会人だと言ったのに、
今回、やっぱり開口一番「あなた、確か学生さんだったよね」と
言われてしまった私って、
一体・・・
一体・・・。
いったい・・・。

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「心は若葉マーク」の巻 (2007年5月掲載)
 
まだ、袴という単語が遠い出来事のように感じていた4級のころ。
今思うと「なんて恐れ多い」と思ってしまうのだけれども、当時の私は、
「初心者」と言われたり、そういう扱いを受けるのが嫌で仕方がなかった。
 
お世話になっている道場様の一つが、ものすごい猛者ばかりで、有段者同士で
バリバリやっているほうが楽しそうに見える方ばかりだったので、
そんな彼等に取って、まだ受身もまともにできるかわからないような女性には、
「当たりたい」という魅力がなかったんだろうと、今になれば少しは思えるけれども
当時は、当たっていただいた有段者の方が、明らかに残念そうな顔をしたり、
「素人は来るな」と言われて悔しくて「早く袴がはきたい。見た目だけで
初心者だと判断されたくない」といつも思っていた。
 
ところが、念願かなって袴を穿けることになっても、今度は、「若いから」
「女性だから」といって、やはりなめられる。
今までいくつもあった複数の要件の中から、ただ単に、「袴を穿いていない」という
目立った事実が一つなくなっただけだったということにようやく気がついた。
 
そして、見た目で判断するような人に、どうやったら本気を出してもらえるようになるのか、
どうしたら彼らの中に入れてもらえるようになるのかを真剣に考えるようになった。
 
なぜそんなことを思い出したかというと、つい最近、お稽古を始めてまだ何カ月かという方が、
「私、初心者ですから」と言っているのを耳にしたからなのだ。
「私、初心者だから、先輩教えてください。私ができないのは初心者だからなんです」。
とても声の大きい人だったので、聞くともなしに耳に入ってきた。
言葉どおりにとらえると、もう、それはまさしくそのとおりだと思う。
始めたばかりのときは本当に何もわからなくて、だから、何でも吸収できるし
吸収したいから、何でも教わりたい。私もそうだった。今でもそうだ。
でも、ふと疑問を覚える。
 
「この人は一体、いつになったら『初心者ですから』と言わなくなるんだろう」
 
そして、『初心者でなくなる』ときというのは、どういうときだと判断するのだろう。
そう思うと、その後の動向にちょっと興味が出てきた。
 
そして、自分を省みる。私は経験者ぶってはいないか。いつも謙虚に、でもお稽古では
貪欲に取り組んでいるか。明らかに自覚しているのは、ひどく説明下手だということだ。
もうちょっとまともな説明ができたら、新しい方々も混乱することもなかろうにと思うと
ちょっとため息が出たりもするのだけれど。

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「それじゃ、また、次の稽古で会いましょう」の巻 (2007年3月掲載)
 
某道場のお稽古に行くと、いつも必ずお会いする方の1人であったその人は、
塔のように背が高く、風貌は異国の香り漂うスペイン出身の方だ。
 
ちょっと無口で、だけれど、とてもお稽古熱心。しかも技がめちゃくちゃ重い。
既に相当の高段者だと思われるけれども、それを決して鼻にかけることがない。
また、「自分スペース」を持っていて、自分の稼動エリア内に隣の人がすっ飛んで来たりすると、
にやりと笑って、「ここから内側はおれの領域だから入るな」とでも言わんばかりに
空で境界線を引こうとする、ちょっと小憎らしい感じがまた憎めない人でもあった。
 
つい先日、その人が、故郷に帰られると聞いた。
やはりスペインから来られていたもう1人の方と故郷で道場を開くのだと言っていた。
聞いたとき既に、帰る日にちが迫っていたので(でも、帰国前日まで、道場に来ていた
恐るべき人なのだ)、今はもうスペインの太陽を浴びているころかもしれない。
 
考えてみれば、もう指導者といってもおかしくないぐらいの方々だから、
先生になられるのはとてもおめでたいことだと思うのだけれども、いつも同じ空間で
お稽古をしていた人が一気に2人もいなくなってしまうのはとても寂しい。
本当に寂しいなあと思い、ことあるごとに「寂しい寂しい」と言っていたら、
とある人が、「まあでも、今生の別れじゃないんだし、お互いにお稽古を続けていたら、
またいつか一緒にできる機会もあるって」と言ってくださったのを聞いて、「確かにそうだ」と
思いなおした。
確かに、お稽古さえやめなければ、いつかまた、ばったり会うこともあるかもしれない。
なにより、アイスケーキに惹かれて(「オーラ、コモエスタス」の巻に載っているのだ)
私がスペインまで行く機会だってあるかもしれない。
 
そのときに、「相変わらず下手だなあ」と笑われないように、もっともっとたくさん
お稽古をして、少しでも追いつけるよう頑張らないと。
そんなふうに思えた早春の一幕、それは、いっときの別れの春になった。
 
ちなみに。
帰国されるお2人は、偶然にも既にこのエッセイにちらりと登場されている方々で、
お1人は、「スペインの有名なお菓子はアイスケーキ」と教えてくれた方。
かたや、塔のように高いほうの方は、はからずも、記念すべき初回のエッセイに登場済みで、
私の頭を無言で「ポンポン」とたたいてくれたあの方なのだ。
 
あ、しまった。あの「ポンポン」の意味を聞くのを忘れていた!

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「厳しいからって冷たいわけじゃないのさ…」の巻 (2007年2月掲載)
 
特にお稽古のことになると、誰よりも熱くなり、人一倍一生懸命、たとえ他人でも
一生懸命でないのは許せない。そんな人が、私の周囲にはとてもたくさんいるような気がする。
 
15年近いキャリアを持ちながら、私と同い年というその彼も、そんな一人なのではないかと思う。
 
初めて彼を見たのは、私がまだ5級をいただいたばかりのころ。
途中でお稽古をやめてしまおうとしていた後輩を容赦なく叱り飛ばし、座り方のなっていなかった
後輩のひざをびしりとたたいていたのが彼だった。
まっすぐで、これぞ武道の先輩と感じる人だけれども、きっと、なれない人にはとても厳しい
先輩に映ったのではないかと思う。そのときに注意されていた後輩さんは、その後、ほどなくして
道場で見かけることがなくなってしまった。
 
合気道そのものに疑問があったり、興味が失せてしまったというのだったらしょうがないことかも
しれないけれども、自身の学生時代の部活動を含めて、先輩が厳しいとか、お稽古が厳しいという
理由で辞めてしまう人はあまりいなかったので、かえってそれが印象的に思えてしまった。
でも先輩たちも、常に厳しいわけではない。どうしたって太刀打ちのできない彼に、
むこうみずにも突っ込んでいってあっさり返されてしまったとき、わかっていても「悔しい」と
こぼしてしまったときに、「そうやって悔しいのと痛いのを繰り返して成長していくんだよ」と、
私の中の『忘れてはいけない語録』にすっぽりと収まるありがたいお言葉をいただいてしまった。
 
さて、その熱い彼も、道場を離れると、また違った表情を見せてくれる。
とても楽しく、そして穏やかな顔になるのはもちろんだけれども、昨秋、とある講習会場で、
私が裸足で廊下を走っていると、彼が声をかけてきた。
「駄目じゃない、寒い時期に女性が素足でいたら。体が冷えるよ」
つい最近お父さんになった彼は、きっと、そうやってお家で奥様に細やかな気配りをしているんだろう。
そして、そうやってどんどん優しいパパになっていくのだろうと思うと、
なんだか私までうれしくなって、思わず、「はい、ありがとうございます!」と答えてしまった。

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「昨日の私は、今日の君?」の巻 (2007年1月掲載)
 
つい先日、某道場でのお稽古終了後、お稽古をはじめてまだ数回という女性に声をかけられた。
「お稽古をはじめてどれぐらいになるんですか?」
新しい道着で、にこにこと聞いてきた彼女に、私は、「あれ」と思った。
 
もう何年前のことになるだろう。この道場でお稽古をさせて頂くようになってまだ間もないころ。
使い込まれた道着が豊富なお稽古量を想像させたとある先輩に、私は、まったく同じことを
聞いたことがあった。
「何年ぐらいお稽古されているんですか」
そう聞いたとき、その先輩は、「うーん、まだ6年かな」、照れるように笑いながら答えてくださった。
 
6年!
 
まだようやく一歩目を踏み出したばかりの自分にとって、6年という年数は長く、
決して追いつけないのではないかと思うぐらいに遠い年月に感じていた。
 
そして、それから、当時のその先輩と同じ以上の年数を経た後で、よもや私が、
同じことを聞かれようとは思っていなかった。
 
自分よりもずっと先を行っていた先輩、手が届かないのではないかと思うほど上手だった
先輩のような何かを、私はかけらでもつかめているだろうか。
そして、「どれぐらい・・・」と聞いてきた彼女に、私という人間はどう映っていたのだろう。
 
年数を口にすると、彼女は、かつて私が驚いたのと同じようなリアクションで、
「長いですね!」と口にした。
年数だけならとりあえず稼いではいるけれど、そんなものが箔になるわけでもないのは
日々痛感させられてきたので、
せめて、「あの人は、そんなに上手ではないけれど、いつも楽しそう」と
思ってもらっていたら万々歳だなあと思った。
そしてなぜだか、あらためて、袴を穿いていることの責任と重さを痛感してしまった瞬間だった。

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「一期一会」の巻 (2006年11月掲載)
 
最近、偶然にも、とある先生の「指導初め」のお稽古に参加させて頂く機会があった。
ゆくゆくはきっと指導者になるんだろうと思われていた方なのだけれども、
今までにお稽古では一度もご一緒したことがなかったことと
そんな貴重な経験もほかにはあるまいとありがたく受けさせていただくことになった。
 
お手本を見せてくださる先生の動きは、やはり雰囲気と形があり「なるほど」と
つくづく感心してしまったのと同時に、指導にはかなり戸惑いもある感じで、
「ああ、なんて初々しいんだ」と不謹慎にも思ってしまった。
 
一度お手合わせを頂いたときには、日本の方では珍しいぐらいに腕が太くパワーがあり
「先生になる人というのはこういうものなのか」と痛感させられてしまった。
まだ若く、今から指導者と仰がれてしまうその心中はどんなものだろうと
つい思ってしまうけれども、そんな考えはもしかしたら、
とても失礼なことなのかもしれないなとすぐに気が付かされた。

ところで。
指導と言えば、一度だけ、代理を頼まれて小学校低学年のおちびちゃんたちのお稽古の
サブをご依頼いただいたことがある。
 
自分より30センチも40センチも違う身長の子どもたちを相手にしっかりと天地投げや
四方投げをやろうとすると、これがとても大変だった。いつもは自分より20センチも
30センチも大きな海外の方とお稽古をさせていただいているので、
まるで対照的な彼らとのお稽古の経験はとても貴重な体験になった。
 
とてもお勉強になった、と言ったときに、「小さい子ども相手に?」と怪訝そうな顔を
した方も何人かいらっしゃったけど、これは得ようとして得られる経験ではないと
今でも思っている。
 
さあ、今日も頑張ってお稽古に行こう!

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「げん担ぎ」の巻 (2006年10月掲載)
今どき流行らないかもしれないけれど、実はひそかに信じているジンクスがある。
それは。

「電車に乗るときには、必ず梅を食べる」

以前、けがをして病院に通っていたときに始めてみたところ、困ったことに、
梅を食べ忘れたときだけ経過がよくなかったのがその始まりだった。
以降、電車に乗るときは必ずと言っていいほどこれを欠かさない。
特にお稽古の日は忘れずに携帯している(ちなみに、けがをしたときに着ていた
ポロシャツはまだ厄落としをしていないので、本当に長い長い間封印したままなのだ)。
 
梅を食べるようになったのには若干根拠もあって、梅にはその日の災難を逃れるという
意味があると聞いたことがあったからだった。戦国時代の兵士さんたちも、
戦うときには梅干を持って行ったらしいので、歴史としてもかなり古いジンクスに
なるのかなと、ふと思う。思ったとたん、「以外と古風なことをしているなあ」と
しみじみしたりもした。
 
ところが最近、このジンクスに加えて、もう一つのジンクスが存在しているのでは
ないかと思い始めたことがある。
 
現在お世話になっている道場のうちの一つのところに行くときに限られては
いるのだけれど、毎週、同じ曜日の同じ時間に、必ず電車の1両目に乗っていると、
まったく同じ時間のやはり1両目に欠かさず乗ってくる1人のご年配の男性がいる。
お年の方にしては、ブルーのスーツをさらりと着こなし、最近では、ファンキーにも
サングラス姿で乗り込んできた。
そして、この方と電車で会うと、その日のお稽古では極端に落ち込んだり悪いことが
起きることがない、ということにも気が付いてしまった。
 
気が付いてしまうと困ったもので、電車が動き出すと、とたんにこのオジサマを
探すようになった。まあ、よいジンクスがたくさんあって、それらの多くを
都度享受できれば、これほど気分的に落ち着くことはないのだろうけれども、
願わくば、これ以上そんなジンクスが増えなければいいなというのも最近の悩み。
縛られてそれにとらわれてしまっては話が逆だなんて百も承知だけれど
まだいくつか可能性がありそうな出来事をつい気にしてしまう小さな自分に
「悲しい性だねえ」と思わずつぶやいてみる今日この頃。

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「きのり」の巻 (2006年8月掲載)

どうしても気が乗らない・・・。

長いことお稽古に通っている中には、時折そう感じてしまうこともあった。
仕事のことで頭がいっぱいだったり、ちょっと疲れ気味だったりするときに往復の
電車に揺られることを考えると、いまいちこう、乗り気にならないのだ。

風邪を引いたときには、ユンケルと風邪薬で素敵な体験ができることはわかったけれど
(第3回目?のコラムに載っているのだ)、うちからこう湧き上がってくる気分と
言うものにはなかなかどうして負けてしまう。きっと、先生たちはそういうことも
ないんだろうなあと思うと、まだまだ鍛え方が足りないのかなと
さらに落ち込むこともある。

さて、前回のコラムで少しだけ書いた「極悪ネエサン」は、まだ若いのに既に
相当の高段者で、願わくばこんな女性になりたいと思う筆頭の方なのだけれども、
あるときこのネエサンに

「ネエサンは、乗り気じゃないなあって思うことはないんですか」
と聞いてみたことがある。

いつも元気に弾んでいて、「のらない」なんていう単語とはまるで無縁だと
思われていたネエサンからは、すると、意外な返答が返って来た。

「あるよ」

「体調が悪いときはどうしようもないけど、何をやっても駄目なこともあるし、
特に今は仕事が忙しくて週に1回できればいい方だから」といったネエサンが
ついだ二の句は、だけど、やはりネエサンだなと思った。
「でも、それでも『お稽古に来ることができた』というのがとても大事」。
どんなに調子が上がらないままにお稽古が終わってしまっても、お稽古に
没頭できる時間を持てたということは、後から「お稽古にいけなかった」という
強迫観念に駆られることもないし、たとえ動きが悪くてしょげることになっても
「行けなかった」と思うのに比べればずっといい、と言った。

ああ、なるほど。
そういう発想の仕方があるんだなと思った。

以降、なるべくネエサンのその言葉を忘れないようにして行こうと心がけている。
私と五つぐらいしか離れていないだろうネエサンの存在はとても大きい。

ちなみにというか、何か気になることがあると、それが頭から離れないこと
というのはよくあるけれども、私の場合、お稽古中に突然やってくるそれには
ほとほと頭が痛いことがある。

最近あった一つの例は、「和気清麻呂」。お稽古前に、この人はいつの時代の
人かが思い出せずに、お稽古中もずっと気になってしょうがなかった。
奈良時代の人だったと思うけど、というかすかな記憶は、自宅に戻ってから
間違いではなかったことを確かめてスッキリしたけれど、今までで
一番困ったのは音楽が頭から離れなかったことだ。
しかもその曲は有名な民謡「会津磐梯山」の「♪小原庄助さん」というやつだ。
「そーれでしんしょーつーぶした」というメロディに合わせてお稽古をするのは
本当に疲れてしまった。

ああ、もっともだー、もっともだ。

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「悪(ワル)」の巻 (2006年7月掲載)

ちょい悪親父、というのは最近よく聞く単語だけれども、ジローラモさんなんかが
よくそのフレーズと共に出てくるので、あんな感じの、ダンディでさわやかで
でも、ちょっとどこか「悪」そうなオジサマたちのことを言うのだろうなあと思う。

さて、今お世話になっている道場の一つには、日本の人よりも、海外出身の方の
割合が多いところがある。スペインとフランス出身の方がその大半を占めていて
皆、バリバリに胸毛が濃くて顔が甘く、塔のように背が高い。
その中でも、ひときわ目を引くのが、私が「合気道界のショーン・コネリー」と
信じて疑わない某氏だ。まるで気取ったところがなく、ただただダンディな方で
海外から来ている方も「あの人は格好いい」というほどの方みたいだ。
一緒に写真を撮ると、1人だけポーズがぶれず、立ち姿も美しい。
そしてお約束のように、ちょっぴり「悪そう」な匂いがぷんぷんする。
お稽古はというと、とても豪快で、そして熱心だ。

そういう方たちを見ていると、「日本のものだから日本人が一番知っている」みたいな
態度を取るのなんてきっと、どうにもありえないなと思ってしまう。

師範の先生はよく「間抜け」という表現をされる。
相手の方に無防備に背中を見せていても気が付かなかったり、やることがわかっていて
勝手にその受けの形を取ってしまったり、そんな「間が抜けている」状態のことを
本当に厳しく注意をされる。
そして、おしかりを受けるのは、以外と日本人の方が多いような気もしている。
私たちこそしっかりと学ばないと、海外から志を持って日本にこられた人たちに
きっと、馬鹿にされてしまうなとつくづく思うのだった。

ちなみに。

とても尊敬している女性の先輩がいるのだけれど、小柄なのに豪快で
そして、めちゃくちゃ強い。男子でもきっと、相当の人がこてんぱんにされるのでは
ないかと思うほどだ。
あるとき、「あの人は、いわば『ちょい悪ねえさん』かな」とつぶやいたところ、
とある人がそのつぶやきを聞きとがめて「いや、あの人は『極悪ネエサン』じゃないの」
とのたまった。

そんなことをその先輩に聞かれたら、きっと笑顔で遠くに放り投げられるかもしれない。
そのときのためにも、もっと体を鍛えて、どんな受けでも取れるようにしておかないと!(?)。

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「職業(?)病」の巻 (2006年5月掲載)

職業病、とはよく聞く単語だけれど、意外と自分に身近な単語ではなかった気がする。
ところが、仕事の関係上、多いときには1日に2万字近くも打つことから
合気道とはまったく関係のないところで頻繁に腱鞘炎になるようになった。
 
しかも、年々症状がひどくなる。
 
知り合いの方は、合気道を始めてから持病の腱鞘炎が治ったと言っていたけれど、
私は合気道のパワーをもってしても補いきれないほどの負荷を手首に与えていたらしい。
なるのは必ず左手首。一度かかると1週間ぐらいは痛くてどうにもならない。
15度以上曲げようとすると、ものすごい激痛で、手をつくこともままならない。
当初は、そのためにお稽古を休んでいたこともあったけれど、
あるとき、あまりの頻度の多さにだんだんうっとおしくなってきて、
「ええい」と、何も考えずにお稽古に参加してみた。
 
すると、途中までは、確かに痛いのだけれど、途中からすっかり気にならなくなり
お稽古が終わったころには、すっかり痛みが引いていた。
 
「おっ!」
 
これは、ユンケル以来のひらめき。
 
「いいじゃないの!」
 
何度かそんなことを繰り返しているうちに、特に四方投げがお稽古にあると かなり早い段階で調子がよくなることがわかった。理由はわからないけれど
ちょっと通常とは違う刺激が手にいいんだろうか。

とはいっても手首にこれだけ過酷な労働を強いては、いつかきっとストライキを
起こされる。今はいい時代で、テスクトップ用なのに、ノートパソコンのような
キータッチのキーボードというものが普通に電気屋に並んでいる。
そのうわさを聞いたとき、今後のことも考えて即決でお買い上げをした。
そのキーボードでこのエッセイも打っている。
 
なかなか快調。
 
これでエッセイの更新頻度が多くなれば、もっともっといいのだろうけれど(笑)。
 
ちなみに。
お稽古中に、足の親指の付け根が時々妙に痛くなることがある。
ひどいときには、座技の転換もまともにできないほどの痛さで、なんだか骨も
ちょっと出っ張ってきた。泣きながらバンテリンを塗っていると
 
「それって職業病だよ」
 
先輩がおっしゃってくださった。
 
職業病!
それって、合気道ならではの(?)職業病ということなんだろうか!?
なんだかそれも、妙に心くすぐる響き。

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「トリノは一日にして成らず」の巻 (2006年3月掲載)

トリノとは8時間時差があったそうなので、起床中になかなかオリンピック感を
味わうような中継にお目にかかることはなかったけれど、
荒川さんの金メダルのニュースには、さすがに「オリンピックだったんだな」と実感した。

そんなニュースを見ていて思ったのは、当たり前だけれど、
どの選手も、ものすごい筋肉質だということだ。

確か、女子モーグルの上村選手だったと思うけれど、女子選手が3Dという男子の
技をやるには、男子並みの筋力が必要なのだと言っていた。
だから、ジーンズがはけなくなるほどの筋肉を体にまとわせたのだという。
3Dをものにした上村選手だからこそ言えるんだろうその言葉に、
見事な技をやるためには、それ相応の体作りというのが必要なんだなと思った。
体ができていないと、ちょっとのことで体のあちこちを傷めて練習どころでは
なくなってしまう。けがや体調不良を、歳や練習年月の長さからくる経年劣化のせいに
している人なんて、テレビで見る選手の中には1人もいないような気がする。

昔の人は、生活をしているだけで自然と体は鍛えられていったと聞いた。
まき割りに井戸の水汲み、洗濯板での洗濯、もちろん掃除機もないから掃除だって
重労働だったかもしれない。それを思うと、そういう人たちが、お稽古のために
筋トレをする必要なんてなかったかもしれないなと思う。
そして、今の私たちの何倍も強靭な体だったんだろうなと思う。

以前、木剣を振っていることを話したときに、
師範の先生は、それを、無駄だからやめなさいとは言われず、
ただ、「やるのなら、腰を痛めないように気をつけなさい」とだけ言ってくださった。
その先生も、お稽古のない日は、わざわざ汗をかきにいくのだということを後から知った。

既に還暦を迎えられた先生が、先生であるのにまだ体力つくりをしている。
なのに、お稽古生である私たちが基本の体を作らずにお稽古に出るというのは、
算数を知らずに数学を解こうとするようなものなのではないんだろうか。
それはものすごく無謀で、遠回りで、そして危険なことなんではないのかな。

4年に1度花開く選手たちの活躍を見ながら、ふと、そんなことを考えてみた。

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「オーラ、コモエスタス」の巻 (2006年1月掲載)

現在お世話になっている道場の一つには、海外から来られている方が
たくさんいるけれど、その中でもスペイン語圏から来られている方の割合が意外と多い。
といっても、皆、日本在住歴も相当長くて、日本語はペラペラ。
会話に困ることはないけれど、やっぱり彼らが同郷出身同士でスペイン語で会話を
しているのを聞くと、どんな会話をしているのかな、現地語で一緒に話してみたいなと
思うようになった。 ということで、一念発起して、スペイン語のテキストを買ってきた。
といっても、アルファベットをどう読むのかすらわからない状態なので、
まずはあいさつだけでも、と思って脳みそに叩き込んだのが、

「!Nos vemos!(ノス・バモス)」

・・・「またね!」という意味合いらしいけれど、とりあえずまずは一歩だと思い、
行きの電車の中で、忘れないようにぶつぶつと繰り返しながら出かけた
その帰りがけ、思い切って言ってみた。

すると、ちょっと驚いた様子の彼らは、でも、すぐににっこりして、
「アディオス!」
と返してくれた。なんだかすごく感動してしまった。

学生時代は語学が嫌いで大変だったけれど、自らやろうと思うときというのは、
意外なほどすんなりと語学という扉をあけることがわかった。道場に行くと、
そこここにスペイン語の先生がいる状態なので、少しは成長することも期待しつつ。

ちなみに。
スペインの有名なお菓子の一つに、アイスケーキなるものがあると聞いた。

アイスケーキ・・・。

なんだろう、この妙に心引かれる響きは。
ゲンキンな私は、それだけでもまだ見ぬスペインに想いをはせ、再びテキストを開くのだった。

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「ハチ!」の巻 (2005年10月掲載)

3週間ぐらい前のこと。
整列をして、先生がいらっしゃるのを待っていると小窓から入ってきたハチが
私のすぐ近くに止まった。

見た目は普通のミツバチっぽいサイズ。けれど、ハチはハチだ。

隣に座っていた人と、
『どうしようか、これ』

目で訴えあっていると、そのハチは、ぶーんといって、私の斜め前に
座っている学生の男の子の後頭部にぴたりと止まった。
隣の人と、今度は思わず顔を見合わせる。
と、男の子の後ろに座っていたメキシコ出身の男性が、
なんとも期待を裏切らない方法で抹殺した。

そう。
やってしまったのだ。

パカン!!

いきなりフルスイングで頭を叩かれた学生さんは何が起きたのか
何で自分が叩かれたのかがわからずに、

「え?え?え?」

ちょっと悲しそうにおろおろしていた。
撃退した当人は得意気に座っていた。おそるべし!

ちなみに。
つい1週間前には、今度はなんとスズメバチが入ってきた。
近くにいた方がとっさに捕まえて抹殺してくださったけれど、スズメバチは、
攻撃されたことをしっかり覚えているので、逃がそうものなら
今度は何倍もの数の仲間を引き連れて逆襲してくるらしい。
しかも、黒い色に対しては恐ろしいほどの敵対心をむき出しにするという。
ということは、黒系の袴を穿いて始終動いている集団は格好の的ではないか!

それにしても。
これだけハチに遭遇するということは、きっと近くに巣があるのかもしれない。
となると、3週間前の「ミツバチ」も、実はスズメバチ・・・?
抹殺してくださったあの彼にもおおいに感謝せねば。

しかし、低血圧の私にとってこの事態は危ない。非常に危ない。本当に危ない。
これは結構深刻な問題だったりしている。

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「合気道版クールビズ」の巻 (2005年9月掲載)

冬になると、夏がうらやましく思うことがあるけれど、夏に冬がうらやましいと思うことは
あまりないような気がする。多分。酷暑の中の汗だらだらでも。
きっと。
寒いよりは。

さて、一日のうちで一番暑いのは大体午後の2時とか3時ごろと聞いたことがあるけれど、
現在お世話になっている道場のうちの三つは、その時間もしくは、その時間をまたいだ
お稽古時間になっている。
着替えているときから既に大汗をかいている自分は、準備体操程度でもう汗だく。
加えて湿度も高いとくると、あっという間にスタミナが空っぽになる。頭に血がのぼるし、
集中力も途切れてくる。
あまりの暑さに「たまには初心に戻るということで袴を脱いでお稽古を・・・」と
言ってみると「通るわけがないでしょう」とあっさり切られた。

で、考えた。
大体の道場では1時間ほどすると、5分ほどのハーフタイムを取っていただけるので、
当初は、持参したお茶をまさに浴びるように飲んでいたけれども、再開されたお稽古で
汗になって出てくるだけで、スタミナが戻るわけでもなさそうだ。
体からは大量の水分が奪われているのだろうから、補給しないよりはましだと思うけれど。

そこで、今度は血を冷やす作戦に出てみた。
わきの下や首を冷やすといいと聞いたので、最初は冷却シートを持っていって貼った。
冷たくて気持ちいい。けれど、サイズが小さい上に、汗ですべって思うように皮膚に
張り付いてくれない。おでこに貼るのとはわけが違うらしい。せっかく少し冷えたのに。
なんとも惜しい。

ということで、今度はカチンコチンに凍らせた保冷剤で同じことをしてみた。
わきの下と首筋がぐっと冷える。すると、それまで蒸気を吹いていた体の各所が
一気に冷えてくる感じがわかった。

冷たくなった血が体を回るとはこのことか!スタミナも若干戻ったような感じだ。

そうとなれば毎回保冷剤だ。
アイシングや熱冷ましで他の方にも貢献する事があるので、一石二鳥(?)というところだ。

そんなお稽古の帰りがけ、なんとなく日が暮れるのが早くなったかなと、ふと思う。
そういえば、時折流れ込んでくる風が少し気持ちよくなってきた。
汗だくだくのお稽古が、つらいような楽しいような。ちょっぴり複雑な今日この頃。

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「ダースベイダーの黒マント、松平健の白馬、私の…」の巻 (2005年7月掲載)

道着のことについてはつい何回か前にも書いてみたけれども
最近、また新しい道着を一組そろえようという気になった。

お知り合いの方に、道着を扱っているお店をやっていらっしゃる方がいらっしゃるので、
気軽に買えるということもその一因ではあったけれども、今まで使っていた一重の柔道着が
特にいたんできたわけでも、破けてきたわけでもないのにそんな気になったのには、
その方がおっしゃっていた言葉にあった。

「先生は、ボロボロの道着の人、道着のにおう人、汚れた道着の人を
 受けに呼ばれたりなさらないんですよ」

そのとき、特にどれかに該当する道着を使っていたわけではないけれど、なぜだかはっとした。

確かに、道着は商売道具(という表現は変だけれども)なのだから、しっかりしたものを
準備していかないと失礼に当たると思うし、なにより、汚れた道着は、先生や道場に対して
失礼なだけではなく、相手になっていただく方に対しても不快感を与えてしまうことになる。

以前、肩取りをしたときに、あまりに強くつかみすぎて(?)相手の方の脇の下が「びりっ!」と
いったときには、さすがにしばらく腰が抜けたことがあったけれども
それはさておき、「着衣の乱れは心の乱れ」とも言うぐらいだし、道場では道場にふさわしい格好
というものがあるのだなとつくづく思わされた言葉だった。
多分、道着だけではなく、普段着でも同じことがいえるのかもしれない。
そう思うと、下手な格好では外に出られないと思ってしまう。

ちなみに、今回購入した道着は、なんと自分初の合気道着。
しかも、めちゃくちゃ軽い。
汗を大量にかく季節になってきたというのに、お稽古後に肩にかかるあのずっしり感がない。

やはり、道着のことは信頼できる道着屋さんに聞くべきなんだなあと
こちらも改めて思ったのだった。

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「備えあれば憂い無し」の巻 (2005年5月掲載)

合気道を始めたばかりのころ、同じ道場に通う人から、「自宅の庭で木刀を振っている」
という話を聞いて、いつも疑問に思っていた。

最近は、既にインターネットなどで情報を集めてから入門される方も多いので、
木刀取りや杖取りがあることをご存じの上で入門される方も多いのかもしれないけれど
私が始めたときは、実際にはどんなことをする武道なのかもわからずに
「合気道をやりたい」という思いだけで入門したので、予備知識がまるでなかったのだ。

その後、お稽古をしていく中で、木刀取りがあることはわかったものの、振ることに
意味があるのかまではわからなかったので、まったく考えもしていなかった。

そんなある時、お稽古中に肩の骨を折って1カ月以上お稽古ができなくなった期間があった。
お稽古ができないから体力も落ちるし、なにより、折った方の腕の力が反対側に比べて
明らかに弱くなった。
そのことに気がついて愕然となったとき、自宅の庭で木刀を振っている話をしていた方から
「落ちた筋力を補うため」そして「患部を強化するため」に木刀を振ることを勧められた。

目的意識が湧くと人というのは恐ろしいもので、二度と骨など折ってたまるか
強い体を作りたいと思い、言われるままに木刀を振り始めた。

最初は数十本振るだけでへたへたになった自分も、しばらくすると100本ぐらいは平気で
振り続けられるようになった。

その後、無事再開したお稽古では、何度もべったりした落ち方をしたけれど
特にどこかを痛めることもないことが幾度もあった。
もし、あのとき木刀振りを勧められても振っていなかったらと思ったら心底ぞっとした。

しかも、サボると、つけた筋肉が脂肪に変わるとおどかされ(笑)
それだけは嫌だ、でもでもむきむきになっちゃうのも・・・
というジレンマの中で泣きながら毎日振り続け、今ではすっかり開き直って
カイ型木刀(※)をぶんぶん振り回している。

そう。何も気にせずに、全力でお稽古をやりたいからいいのだ!
だからむきむきになったって全然平気なのだ!!

・・・と、自分に言い聞かせては、太くなった腕を見て「たくましいねぇ、あんた」と
一人つぶやく私。


※ 合気道ねっとスタッフ目撃談
「普通の大きさじゃないっス、太めの木剣3本分以上はある大きいやつで…」

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「ジャコウネコ VS イブプロフェン」の巻 (2005年4月掲載)

なんだか、風邪気味だなあ、でも、お稽古には行きたいし。
だけど本当は人ごみもよくないんだろうなと思いながら、道場へ向かう電車に揺られながら
風邪薬を飲んだ。風邪薬は、飲んでしばらくすると、だるくなってしまう。
きっと、お稽古中はぼーっとするんだろうとちょっぴり憂鬱になった。

だったら、せめて栄養補給を、と、一緒にユンケル皇帝液を飲んだ。
いつも紅茶を大量摂取するせいか、ドリンク剤の類は一切効かなかった私(※)に
唯一絶大な効果を発揮することがわかったのが、イチローの宣伝でもおなじみの、
ユンケル皇帝液なのだ。

こんな高いものしか効かないなんて、なんて不経済な体なんだと、ぶつぶつ言いながら、
ふと気になった。

「風邪薬とドリンク剤を一緒に飲んだときって、いったいどっちの効力が勝つんだろう」

風邪薬は、体を休ませようとする。
かたやドリンク剤は、滋養強壮だからすごく元気になるはずだ。

でもでも。
薬は、体を治すぐらいだから、ドリンク剤にも勝るかもしれない。
だけど、ユンケルはジャコウネコの腺液とかダイレクトなものが入っているから、
体にもダイレクトに効くかもしれないし・・・。

そうやって、電車に揺られて30分後、意外なほど納得する結果が現れた。
体はだるいのに、頭だけがぴっかり冴えているのだ。それぞれが、互いを邪魔せず別々に
効力を発揮し始めたらしい。

「そう来るか!」

自分のことなのに、思わずふむふむと感心した。

そうして、だるい体が、冴えた思考に反応するまでのタイミングが
いつもよりひどく遅れるという気持ち悪いずれの中、それでもお稽古ができたことに
納得した私は思うのだった。

「…次に風邪を引いたときもこの手を使おう、うふ(@u@)」


※ バックナンバー第3回掲載内容に載っているのだ。

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「タイム・イズ・マネー」の巻 (2005年3月掲載)

師範の先生が入ってくるまでのほんの数分間。
お稽古が始まるまでのほんの何分かを落ち着いて迎えることが、どれだけ大事なものか、
それまでの私は、ただ漠然と考えていた。

数年前のその日、普段より30分も早く自宅を出て、いつもより早い時間の快速電車に
乗ったというのに、途中の駅で人身事故が起きて電車がまったく動かなくなってしまった。
じりじりと待ち続けて数十分後、ようやく動き出したものの、今度は時間調整ということで
一駅走っては10分とまるという繰り返し。
結局、道場に着いたのはいつもより15分も後だった。お稽古まであと5分。
あわてて着替えて道場に駆け込むと、ほぼ同時に師範の先生が入ってこられた。

ギリギリセーフ。

まだ息は整いきっておらず、準備運動中も変に汗ばんで気持ち悪かった。
お稽古が始まると、あわてたことによる心理的影響がじりじりと効力を発揮し出し、
いつもならぱっと応用のきくことが、まったく出てこない。見るに見かねられたのか、
師範の先生がすーっと近寄ってこられて「普通にやればいいんですよ」と仰って下さった。
そうおっしゃられるまで、基本的なこと一つ浮かんでこなかった自分を猛烈に反省した
その直後から、今度は胴着の反乱が起こり始めた。

着慣れている胴着のはずなのに、ちょっと動くたびにどんどんずれてくる。
はきなれているはずの袴も、ずるずると落ちてきて、すそを踏みそうになるほどだ。
相手の方にひたすら謝って、何度も袴のはきなおしをさせていただいた。

結局、その日のお稽古は、最後まで、頭と手足がばらばらのまま終わってしまった。
相手になってくださった方にも申し訳なかったし、なにより、落ち着いてお稽古時間を
迎えられないと、ここまで後を引くという事を実体験をもって痛感してしまった1日だった。

以降、今度は、お稽古までの最低5分を、意識してゆったりと目を閉じて迎えることを
心がけるようになった。
できれば、ゆっくりと体を動かす時間も取りたいと思うようになった。
そして、電車の発車時刻がやたらと気になるようにもなってしまった。
それは、余談だけれども(笑)。

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「使い込んだあじわい、いいだし出そう…」の巻 (2005年2月掲載)

メインで着用しているのは一重の柔道着、未晒。薄さも適度で動きやすい。
肩取りをしてもがっつりできるこの頑丈さがいい。

入門当初、一番最初に買った胴着は二重の柔道着だった。
当時は胴着のことをよく知らなかったので、今思うと、「柔道着ください」と入っていった
武道具屋さんに一番高いものを買わされてしまった感じ。しかも頑丈すぎ厚すぎで動きづらいし、
洗濯をしたあとは恐ろしく重くなる。

ほかのものと絡まった日には洗濯機からひじり出すのにも一苦労。
駄目押しは冬場になると3日近くも乾かないこと。乾かないから一晩で水臭くなる。

もう一度洗いなおし。

お稽古後の身体にはどっと疲れた。
同時期に始めた人の中でも、それだけ重いのを着ていたのは自分だけ。

さすがに半年で懲りて、次は空手着を買った。ちょうど夏場だったこともあり、軽くて薄くて
動きやすいのが気に入った。リュックサックに入ってしまうほどの軽さと小ささに心躍った。
けれど、やたらと汗を吸いやすい。あっという間にぐしょぐしょくたくたになる。

サブの胴着としてはいいけれど、なんだか個人的に頼りないなぁと思ってもうひとつ買おうと
した時にすすめられたのが一重の柔道着。これが柔道着のわりに軽い。
それでいて柔道着らしい「ごつさ」もあるところが心をくすぐり、即、購入となった。
久しぶりの真新しい胴着。しかも未晒。

はじめは黄色すぎて新品なのがばれる。わけもなく悔しいので、買ってすぐに何度も洗って、
くたくたにしてからお稽古に着て行った。使い込むうちに白くなって来ると言われたので、
一刻も早く使い込まれた風合いを出すために(?)懸命に道場に通った。
いつしか、晒の胴着と区別がつかなくなってきたときには密かにほくそ笑んだ。

そうやって苦労をした(?)胴着も、袴を穿くようになってからは、また別の意味で薄汚れた。
はしばしに袴の色が染み付き、今となってはあたかも黒糸で縫われた胴着のようになって
落ちる気配すらない。それもまたお稽古をしてきている証かな、などと一人ごちて
ほくそ笑んだりもした。そうやってこの胴着が自分のメイン胴着になって何年になるか。

そろそろ胴着が似合うようになってきたんだろうか。
それとも、まだまだ胴着に着られているんだろうか。

自分を振り返っては、ちょっぴり自問自答してみる今日この頃。

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「稽古の道しるべ」の巻 (2005年1月掲載)

昨年のお稽古納めの日。
某H道場で相手になってくださったのはご年配の方だったのだけれど、
お稽古が始まると同時に、何度も動きを止めては、「あなたのような若い人は」のように
合気道とは、といった説明と細かい技の解説をし始めた。

周囲の人は、「どうしたの」と何度も私を振り返った。
周りにはとても異様に映ったみたいだった。

当の自分は、あっけらかんとしていて、そのとき言われたこともすっかり忘れてしまったけれど
もともとはとても気が短い方なので(笑)入門したばかりのころだったら、
そんなことをされようものなら、お稽古時間中ずっと不機嫌だったはずだ。

とはいえ、確かに最初の数分ぐらいはちょっとむっとしたけれど
仕方がないな、たまにはこういう人もいるかと開き直ったその直後、
先生が回ってきてくださって、相手の方にこうおっしゃられた。
「あまりいろいろ言わないでください。あなたに教わりに来ているのではないのですから」と。

そしてお稽古終了後、先生とお話をさせていただいた際には「外国ではみんな、
ああいうときには、はっきりと言いますよ。『私は先生のお稽古が受けたいから来ているのだ、
あなたのお稽古を受けに来たのではない』と」とおっしゃってくださった。

先生が自ら、そのようにおっしゃられるとは思わなかったので、目からうろこが落ちる思いを
したと同時に、そのようにおっしゃっていただけることの貴重さをとてもありがたいと感じた。

お稽古はもちろん自分の為にするものだと思っているけれど、このとき、これからもっともっと
伸びていかないと、そうおっしゃってくださった先生に申し訳ないとつくづく感じた。

そして、その瞬間、これからの目標が明確に見えてきた気がした。

今年も一年間、怪我なく、楽しく、そして厳しくお稽古に励みたいと思う。
皆さんの今年の目標はなんですか?

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「飲め!飲めーい!」の巻

一時期、対乳酸飲料といって、毎日のように903という飲料の宣伝を見たけれども、
実際のところ効果ってどうなのだろう、と思っていた。
いつも紅茶をがぶ飲みするせいか、カフェイン剤やドリンク剤の類が一切効かないので
ましてや普通の飲料にそんな効力があるとは思えなかったのだ。
(903の主旨は、カフェインとは違うけれど)

ところが、その宣伝を見てからしばらくした後、とある研修会に参加したとき、
いつもごっついお稽古をする人たちが、ことごとくあの白と黒のしましまペットボトルを
持っているのを発見した。

これはもしや……!

期待に胸を躍らせた私は、次のお稽古のとき、こっそりかばんに忍ばせてみた。
ただ、問題なのは、「いつ飲んだら一番効くのか」がわからないことだ。

一度目は、お稽古前におにぎりを食べたときに一緒に飲んでしまったせいか、
よくわからないうちにお稽古だけが終わってしまった。

次は、お稽古にハーフタイムがなかったので、お稽古後に飲んだせいか、
やっぱり効果がわからない。

3度目にようやくハーフタイムに飲む機会があったのだけれど、
時間がなくて3口ほどしか飲めなかった。お決まりのようにやっぱり効果のほどが
わからない。ただ、「飲んだっ」ということだけで自分が元気になった気がして
元気が出たことだけは確かだった。

そこで、はた、と気がつく。

「そうか、何事も、『思う』ことが大事なのか!」(違う?)

そう考え直して、時々持ち歩いては、いまだににんまりと乳酸と対峙している私なのだ。

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「冬季限定フローリング恐怖症」の巻

道場によって、畳の材質はいろいろだけれど、それぞれの特質によって、
足にできる傷の種類が微妙に変わるのがなかなか興味深い。

今、お稽古をさせて頂いている道場のうち、2個所はプラの畳で、
1個所は帆布のような畳(?)。
それ以外の道場に行っても以外とプラのところが多いので、実際の畳を
つかっているところはあまり多くないのかもしれない。
(以前にお稽古をしていた某企業の合気道部の道場は、ほんまもんの畳だった!)
つなぎ目に指が食い込んだりして危ないんだろうかと思ったりする。
すぐにぼろぼろになりそうだし。

さて、その2種類の畳だけれど、どちらも長所と短所がある。
プラ畳のほうは、めくれてくることがないので足を引っ掛けないかわりに、
勢いよく受けを取ると摩擦で皮膚が焼けることがある。
突然「びーっ」と電気が走る感覚があって、後からひりひりしてくる。

かたや帆布のほうは、冬場ものすごくすべるので、前受け身で勢いが
ついていたりするとそのまま、つーっと1メートルぐらい進んでしまう。
また、後ろ受身を取り続けると、足の甲辺りの皮がむけてくるのが泣けてしまう。

お稽古で擦り傷を作ったり、手首に握り跡がつくのなんて初心者のうちだけよ、
と平気で言う人もいるけれど、
私の場合は何年経とうが一向につかなくなる様子がない。皮膚が弱いんだろうか?
もっと皮膚を鍛えないと(?)。サンドバッグでも殴りつけようか。

ちなみに、夏場に関して言えば、帆布よりはプラ畳のほうがいい。
帆布のほうは、前のお稽古の人たちの汗が存分にしみこんで抜けず、
それが暑さと湿気で蒸されるので、畳と接近するたびに「うっぷ」と口を突くことも。

逆に冬場は、帆布にしろプラにしろ、床でないことのありがたさを痛感する。
根性がすわっとらん!と言われそうだけれど、素足の裏は冷たい。
お稽古が終わると、まず最初に靴下をはく私を「軟弱モノ」という人が
いないことを願っている今日この頃。

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「いつまでも若い私」の巻

いつもお世話になっているH道場は、とにかく「人種のるつぼ」という印象だ。
フランス語やスペイン語、ときにドイツ語が飛び交う更衣室を抜けて道場に入ると、
整列をして師範を待っている前後左右には、軍隊かホッケー選手あがりかと
疑いたくなるほどのごつい面々が居並ぶ。

目鼻立ちはくっきり、彫りの深さが渓谷のように影を落とす先にある目の色は青。
髪の色は金、ときに亜麻色。
丸太かと思うほどに太い二の腕にはびっしりと濃い毛が生え、胸毛も濃い。
ちらりとのぞく胸元には明らかに彫り物がある人もいて、当初は卒倒しそうになった。
それは女性とて変わらず、腕や足首に立派な龍の刺青があったりして、都度腰を抜かした。

濃い。とにかく濃い。

黒毛黒目の日本人にしか接したことのない自分にとって、
合気道を始めてから出会う海外の方々にはとにかく驚かされた。

そんな彼らと実際にお稽古をすると、さらに驚かされるのは身体能力の高さだ。
体格がいい上に動きの一つ一つにバネがある。加えて力も強い。背も文句なく高い。

以前、欧州出身の塔のように高い女性と組ませて頂いたときには
「小さい人が試行錯誤する様子を見るのは面白い」突然頭上から声が降ってきた。

小さい……  ぐさっ。

もちろん自分がそれほど大きいとは思っていないけれど、
小さくはないと思っていたのに……。

まあ平気で170センチを超える彼女たちからすると、160台なんて小さいうちに
入ってしまうのかもしれない。
そうやって頭も身体も酷使してへとへとになった帰りがけ、180センチ以上は
あると思われるスペイン出身の男性が、へろへろ歩いている私に向かって
おもむろに歩み寄ってくると、大きな手で無言のまま私の頭を3回ほどなで、
そのまま一言も発せずに行ってしまった。

……なんだったんだろう、あれは。
『よいこのみんな、よく頑張ったね』だったんだろうか?
う、子ども扱い?彼よりも私が背が小さいからいけないんだろうか?
それとも実際に子どもっぽいのだろうか?

いつか問いただしてみたいと思っているけれど、実はいまだに勇気が出ない私なのだ。

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※らくーんとは
合気道ねっと事務局 ウェブサイト編集部長
各種方面でエッセイ・コラム・川柳など執筆中(受賞歴数回)
首都圏を中心に講習会・稽古と聞けば仕事そっちのけで合気道に熱中。
甘味もいいが、マッチョ系・アクション系もいけます。

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